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『母の愛、僕のラブ』(柴田葵/書肆侃侃房)

『母の愛、僕のラブ』に関して、感想がまとまらない。とりあえず、「夢は現実になるかもしれないけど、現実はひたすら現実のままである」という感じ。作者の「歌集を出す」という夢は叶ったかもしれないけど、だからといっておそらくオールオッケーオールハッピーなわけではなくて、例えば日本の夫婦別姓選択はまだ叶わないし、男性の育児休暇取得率は低いし、様々な被害にあったあちこちの「被災地」の復興はまだ終わっていない。別に作者がこういうことを主張しているというわけではまったくないけれど。でも現実生活のもやもやっていうのは、夢のまた夢と思っていたような出来事が叶ったとしても、きっと突然消えたりしないし切り離せないし現実のままだ。変わらずそばにある。そんな感じの歌集だなと思った。読んでからわたしを支配したのはそんな気持ちだった。

でも、歌集出版までの過程そのものはとても夢のある話だ。賞の副賞として出版されたなんて。そして、賞うんぬんはともかく、わたしも歌集を出したいなと強く思った一冊だった。ちなみにこれは短歌をしているわたしの話。さらに、「誰かが短歌を始めるきっかけになり得る一冊」だとも思った。個人的な話になるがわたしは東直子さんの歌を知って短歌に興味を持ち、斉藤斎藤さんの歌を知って短歌を始めた。読んでいるとき、なぜか当時に似た気持ちになった。つまりそういう歌集なんじゃないの、これ。っていう。

 

好きな歌を挙げたいところだがまったく絞りきれない。そして、見かける「好きな歌」がことごとくばらばらなのもとてもよくわかる。この歌集、「捨て歌」がない。一首一首が全力だし、それぞれが個々にきちんと成り立っている。でもさらにすごいのは、それが連作として並んでもとっちらかっていないことだ。本当に上手い。これは昔から思っていることで、わたしが「連作ってこうやって作るんだなあ」と初めて連作について意識したのは葵さんの作品を読んだときだった。一首一首がそれぞれきちんと成り立っていて、でも並ぶときちんとテーマや流れがある。それをめちゃくちゃに堪能できる一冊だった。