すきによんでねブログ

たかはしりおこが140字に収まらないことを書くブログ

『夏みかん酸つぱしいまさら純潔など 句集「春雷」「指環」』(鈴木しづ子/河出書房新社)

図書館でまた本を借りた。

夏みかん酸つぱしいまさら純潔など 句集「春雷」「指環」』(鈴木しづ子/河出書房新社

夏みかん酢つぱしいまさら純潔など

夏みかん酢つぱしいまさら純潔など

タイトル作を『あかぼし俳句帖』(原作:有間しのぶ/作画:奥山直/小学館ビッグコミックス)で見たことがあったので手に取り、読んでいたところだった。


そして昨日本屋を歩いていたら、文庫化され出版されていることを知った。それも今月、つい先日出されたばかりのようで、タイミングが良すぎてびっくりした。文庫版には川村蘭太さんによる「鈴木しづ子追跡」なども追加収録されているようだった。追跡?と思った人にはぜひ読んでみてほしい。わたしもいままではこの句以外まったく知らなかったが、鈴木しづ子という俳人が気になり、惹かれ、知りたくなってしまった。


ちなみに『あかぼし俳句帖』も面白い漫画だと思うので興味があればぜひ。冴えないサラリーマンが俳句を趣味にしてお勉強していく話です。全6巻。

あかぼし俳句帖 1 (ビッグコミックス)

あかぼし俳句帖 1 (ビッグコミックス)

最推しについてのつぶやき

出先で見たサンリオの新しいグッズ、マロンちゃんやバツ丸を見て「ひぇえ~!!!!!お医者さん!?かわいい!!!!!」と思ったのだけれど、他を見たら科学者だったw総選挙のときの近未来的衣装とシンクロさせてあるのね。マロンちゃん女医さんかわいい!!!!!と思ったのだけれど。まあそう思っていてもいいだろうっていう感じではあった。白衣で。でも買わなかった。お医者さんなら買っていたかもしれない……。アクキー、かつてないほどに悩んだ……。可愛かった……。アクキー……。(帰路の後悔)

黙祷

2001年6月。黙祷をした一番古い記憶。あなたは「附属池田小事件」を覚えているだろうか。小学生が何人も犠牲になった。あの事件が起きたとき、わたしも小学生だった。

当時事件について詳しくわかっていたわけではないし、今でも詳しく覚えているわけではない。ただ、全校集会で黙祷をしたことをよく覚えている。

最近は悲しく、そして怒りが込み上げてくるようなニュースが多い。大きな自動車事故が連日のように報道されて、見るのもつらかった。そして今日、朝からずっとある事件が報道されている。目を背けたくなるような事件。でも、誰にでも起きうる恐ろしい出来事だと

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図書館の話

昨年の夏、こんな記事を書いた。

この図書館には利用者のおすすめコーナーがある。所定の用紙に紹介文を書くとその本と一緒に並べてくれるコーナー。当時、この『宝物』についてブログ記事より少し簡潔に書いたものを投稿した。そのコーナーに置かれてからは気になってよく見に行って、貸出中のことが多くうれしかった。

普段の位置にあっても埋もれているような本かと思う。小説でもそうだろうが、詩集や歌集はなおさら、よっぽど有名なものでなければあまり読まれないのではないだろうか。でも、おすすめコーナーで表紙を表にして置いてもらえれば、人の目によくつくようになる。『宝物』は装丁、表紙もとても綺麗なので、わたしの書いた紹介文なんて読まなくたって、きっと手に取ってみたくなる。

最近地元に帰っていて、約半年ぶりにその図書館に行った。もうコーナーからなくなっているかなと覗いたら、まだ置かれていた。しかも貸出中。これをきっかけにこの本を読んだ人がたくさんいると思うと、とてもうれしかった。

2019年5月自選5首

傘になる 誰かの首を絞めることもできる両手で雨粒を抱く
(うたの日/自由詠/10日)

とくべつだ きみの名前を呼ぶ前にちいさなドラムロールが響く
(うたの日/題『恋』/11日)

次々と切り刻むのが気持ちよく無心で作っていくラタトゥイユ
Twitter20日

僕たちを置き去りにしてフィナーレを迎える花火の緑鮮やか
Twitter/25日)

青空を掴みたかった僕たちがいっせーのーででひろげるシーツ
Twitter/25日/『ごなフリペ』投稿作)

 

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5月は短歌研究新人賞に投稿した30首を含めて、66首でした。ひらがなへのひらきかたを模索する日々だったような気がします。そして試行錯誤は続く。

つぶやき『ピンクのクラウン』

ピンクのクラウンを乗り回す婆さんになりたいなとふと思ったけど、婆さんと呼ばれる歳で車を乗り回すのは周りの人に迷惑をかける可能性が高まる。となると、私有地で車を乗り回し、外出のときはタクシーというのが望ましい。そんな生活を考えたらお金はあればあるだけ良い。来世に期待する。

死にたがりのわたしのちいさな話

ずっと死にたかった。ずっと死にたかったといっても、自殺しようと思ったことはない。そんな度胸はわたしにはなかった。それでも、本当につらくなったらいつだって死ねる、それがわたしの希望だった。

すきなひとと付き合い始めてからも、わたしはずっと死にたかった。すきなひとはわたしのことをとても大切にしてくれた。でもつらいときはつらい。仕事がつらかったらいくらすきなひとと両思いでもわたしは死にたくなるし、生きたいと思えるほど大きな幸せにはならなかった。

その人との結婚を考え始めて、婚約をした。不安や迷いに押しつぶされて、何回も泣いた。いよいよ死ねなくなってしまった。つらくなったらいつだって死ねる、なんてもう言えない。この人を悲しませるわけにはいかない。いくらわたしがつらくたって、この人につらい思いをさせるわけにはいかないんだ。結婚は誰にとっても大きな決断だろうが、わたしにとってそれはとても大きくて苦しい決断だった。

「決断」はなんだか重い言葉だ。人生を変えてしまうような重みがある。

わたしの人生は結婚という決断によって劇的に変わったわけではない。つらいときはつらいし、死にたくなることも変わらずにある。それでも、今までなら「死にたい」と思っていたことが、「死にたい。でも、死なない」に変わった。こんなことってあるんだな、と自分でも驚く。あの時迷ったことも、決断したことも、全部間違いじゃなかった。これからも何十年か経って、幸せな人生だった、そんなふうに思えるように生きたいな。